阿賀野上ノ城の事件簿

昔は名探偵でした。

炒飯 3日目

5月4日12時ごろ。ほぼほぼ24時間ぶりのキッチンである。今日の目標は一つ。

「石川県産コシヒカリの面影を殺し、調味料を贅沢に使ったジャンキーな炒飯を作る」

である。早速レシピといこう。

 

〇ご飯 300g

〇卵 三個

〇ニラ 適当

〇サラダ油 大さじ3杯

〇しょうゆ 適量

〇A(塩 小さじ1/3、こしょう 適量、万能中華のもと 適量)

 

刻みネギがなくなってしまったので、ニラで代用することにした。

また、母から「私も炒飯が食べたい」と言われ、二人分作ることになったのでご飯の量が昨日に比べて増えている。無論、卵の量も。一日おきに炒飯を食べたがるとは、変な息子には変な母親がいるものである。いや、単に俺を労ってくれているだけかもしれない。そうだとすれば情けないことこの上ない。

 

さて、ニラをみじん切りすることを除けば途中までやることは昨日と変わらない。俺は慣れた手つきでフライパンに油をひき、卵ご飯を炒めていく。フライパンの中の温度は設定可能な最大温度である。

 

5分も経っただろうか。ここからが今日の正念場だ。新たな戦法を生み出していく昨日までとは違い、今日の戦いは単純な物量勝負、特別な工程の変化などなく単純に投入する調味料の量を増やすだけでよい。俺はコショウ、万能中華のもと、ニラ、しょうゆの順で、その全てを昨日の三倍ほどの量でぶち込んだ。具体的な量を言えないのは申し訳ないが、だいたいフライパン三周分ぐらいである。フライパンがあらためてジュージューという音をたて、刺激的な香りが鼻孔をくすぐる。全体がよくなじんだところで炒飯をスプーンで少しだけすくい、すかさず味見をする。

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・薄い。ウソだろ。三倍だぞ。まだ足りないのか?早すぎたのか?いかん、ニラが縮んできた。引き時だ。いや、しかしこれは・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局、そのあと調味料類をもう一周したところで盛り付けに入った。あれ以上炒めすぎでニラを小さくするわけにはいいかなかった。

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母はいつものように「美味しい!」と喜んでくれた。まあ、一昨日の餅に比べれば会心の出来だっただろう。しかし、今日は負けた。俺は負けたのだ。さすがに昨日よりは濃い味になっている。しかし、石川県産コシヒカリの旨み、ふっくら感は健在だった。甘かった。日本が世界に誇るコシヒカリを舐めていた。俺ごときが力任せに押さえつけられるような代物ではなかった。これ以上の調味料の介入は家庭の予算に迷惑をかけ、「気軽にサッと作れる炒飯」の域を逸脱してしまう。理想が高すぎたのだろうか。思いなおす。そもそも、料理としてはこれぐらいが妥当なのかもしれない。明日への道に迷いながら、しかしいつものように比較的真顔で食べきった。

 

 

余談であるが、炒飯を食べた直後、ツイッターを開いてタイムラインを覗いてみた。眩しかった。そこには愛すべきフォロワーたちが各々のGWを楽しんでいる様子がこれでもかと連投されていた。写真に写るたくさんの笑顔、「~なう!」、「○○最高だった!」。皆さん楽しそうで何よりである。俺はどこでこの人たちと違う世界に行ってしまったのであろうか。しかし悲しむことなかれ、俺には俺のGWがある。そう、目の前に広がるチッキンという名の戦場のボーイズ・ライフ。この炒飯さえあれば俺は満足をいくGWを過ごすことができる訳ねえだろふざけんなボケ。

 

炒飯 2日目

5月3日11時30分ごろ、約17時間ぶりにキッチンと向かい合った。今日作る昼食は俺一人分だけだ。祖母は入院、母と弟は出かけてしまった。なにせ世間はGW。外出して友や恋人とランチを楽しむのがGWの昼食のデフォルトであろう。忌々しいことこの上ない。俺自身としては貴重な青春を焼きめし作りごときに浪費しているという現実に目を背けながら今日もキッチンへと向かう。

 

昨日の悪夢のような敗北の夜から学んだことを元に、俺はレシピの若干の変更を行った。

 

〇ご飯 200g

〇卵 二個

〇きざみねぎ 適当

〇サラダ油 大さじ3杯

〇しょうゆ 適量

〇A(塩 小さじ1/3、こしょう 少々、万能中華のもと 適量)

 

昨晩との変更点は3つ

➀まず、調味料の量にたいする厳格性をなくした。味を調える類のものは適宜味見をしながら量を調節した方がよいと判断したためである。

➁昨晩、母がおもむろに投入した「万能中華のもと」なるものを追加した。使えるものは使うべきであろう。

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そして、最も重要な変更が

③ご飯の量に対する卵の量を二倍にした。

 

である。理想の炒飯を作り上げるための、当面のところ一番の課題はいかにしてご飯をパラパラにするかだ。昨晩のような奇怪な真似は言語道断として、普通にやってもご飯が固まってしまうことは経験済み。別の対策を練らなくてはならない。俺は思い切って、手料理のエキスパートたる母に助言を求めた。そのアドバイスを元に編み出した新たな戦法のためには、倍の量の卵が必要となる。

 

材料をすべてそろえた俺は、昨晩と同じようによくといた卵を投入した。但し、向かう先はアツアツのフライパンではなく、ご飯が盛られているお茶碗だ。ちょっと卵の量が過多気味の卵かけご飯のようになったお茶碗の中身をよく混ぜて、ムラがないようにしたあと、満を持して油をひいて加熱してあるフライパンにぶち込む。フライパンに着地した卵かけご飯はジュージューという小気味よい音をたてる。

 

昨晩の水分離戦法の落ち度は、ご飯の周りを取り囲んでいた物質がご飯の中に取り込まれてしまい、中途半端に残ってしまったことにある。であれば、米粒の中にはしみこまず、かつ粒の間に張り巡らせることが可能な物質で同じことを試みれば今度こそ上手くいくはずだ。そう、まさに例えばご飯と並んで炒飯に必要不可欠である生卵のような。米粒にあらかじめ卵を混ぜておくことにより、米粒同士の結合を防ぐ。これが今日の作戦。名付けて「卵コーティング戦法」である。昨晩に比べて卵の量が増えている理由はここにある。十分なコーティングを施すには、ご飯100gに対して卵が一つ必要だったのだ。

 

全ての卵かけご飯を投入し終え、菜箸で二、三回かき回したあと、加熱温度を一気に最大近くまで上げる。ご飯が一層激しい音をたてる。俺は可能な限りの中の素早さでご飯をかき回す。卵は急激に凝固していき、そして・・・

 

 

 

 

 

 

10分後、フライパンの中は昨晩とは全く違う様相を呈していた。表現するとすればフライパンの中のご飯は、なんというか、パラパラになっていた。ちょっと箸を通すとご飯粒は大した抵抗もなく離れ離れになっていく。

パラパラ。

パラパラである。

やった。

 

 

やったのだ。卵コーティング戦法は成功した。理想の炒飯への道しるべとなる、一筋の光は指したのである。俺は有頂天になっていた。興奮に任せるまま残りの調味料と刻みネギ、そして万能中華のもとをそれぞれフライパン一周程度ふりかけ、十分に混ぜ合わせた後に昨晩と同じようにお茶碗の中に詰め込み、お皿に盛りつけた。お皿に載った炒飯はすぐさま崩壊をはじめ、きれいなドーム状とはかけ離れた姿になっていく。だが、その一見不格好な炒飯の様子すら俺には輝かしく見えた。ご飯がきれいに固まらないということは、その炒飯は理想に近い、パラパラだということなのだから。

 

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食器の片づけは後にして、俺はすぐにその炒飯にありついた。炒飯はアツアツに限る。旨い。我ながら昨日に比べて格段に旨くなっている。なにより、触感が違う。パラパラ。パラパラ最高。「勝利の味」とはまさにこのことである。「空腹は最上の調味料である」とは誰の名言だったが忘れたが、これからは「達成感」も入れておくべきだろう。パラパラ、万歳。ハレルヤ。

 

家の中で一人、わき目もふらず炒飯をかきこみ、げらげら笑っている男の姿はさぞかし気味の悪いことだっただろう。さんざん一人で騒いだあとにふと考えた。さて、それでは俺は目指すべき理想の炒飯を得られたのか。

否。確かにパラパラにはなった。しかし、まだ足りない。昨日の自分が叫んだ理想の炒飯の定義を思いかえす。

 

「お茶碗に行儀よくよそわれたジャパニーズライスのモチモチ触感など不要。協調性なく米粒は反発しあい、その一粒一粒が調味料によってこれでもかと無遠慮に浸食される、一口食べたら陶酔してしまいそうな刺激が舌を攻撃するテロルでアナーキーなパラパラ炒飯こそ至高たりえるのだ」

 

パラパラは達成された。しかし、今日の炒飯にはまだどこか、上品さが残っていた。細川家御用達の石川県産コシヒカリの旨み、弾力性はいまだに健在だったのである。早い話が、調味料の味が薄い。コシヒカリに負けてしまっている。思えば、ご飯がパラパラになったことに浮かれて料理の基本たる味見を忘れていた。これはこれでおいしいが、炒飯としての真理を探究するならばもっと刺激を求めるべきであろう。明日の課題は決まった。酩酊を引き起こすような濃い味で、石川県産コシヒカリを凌辱しつくす。これが達成された暁には、また一つ理想の炒飯への扉が開くであろう。

それにしても、我ながら酔っ払いのうわごとみたいな語り口だなおい。

 

炒飯 1日目

5月2日18時ごろ。約9か月ぶりにキッチンの前に立った。

 

炒飯を作るにあたり、前もって用意したレシピは以下の通りだ。

 

〇ご飯 400g

〇卵 二個

〇刻みねぎ 適当

〇サラダ油 大さじ3杯

〇しょうゆ 小さじ2杯

〇A(塩 小さじ1/3、こしょう 少々)

 

まあ、誰でも知っている某料理サイトの基本レシピそのままである。IHの加熱メニューでフライパンを温めておく。十分な温度を持ったところでサラダ油を投入。次いで、あらかじめといておいた卵を投入。

 

早速失敗した。卵が半熟状になったところでご飯を投入する予定であったが、加熱温度が高すぎたため、フライパンの中にぶち込まれた卵は瞬時に固形化してしまった。無念。これはこれでおいしそうな卵焼きの切れ端みたいになった卵をフライパンから取り出し、初めからやり直しである。

 

油をひきなおし、加熱温度を先ほどの三分の一以下にして、新たにといておいた卵を投入。今度こそ卵はゆっくりと凝固していく。固まりきらないうちに炒飯のメインたる白米を豪快に投入する。この白米には、料理人たるこの俺のささやかな工夫が施されている。炊飯ジャーのなかで保温されていた白米お茶碗四杯分をザルの中にぶち込み、ザルごと水につけておいたのである。つまり、今しがた投入されたばかりの白米はびちょびちょだ。

 

無論、行動には理屈がある。

炒飯と言えばパラパラ、パラパラと言えば炒飯だ。お茶碗に行儀よくよそわれたジャパニーズライスのモチモチ触感など不要。協調性なく米粒は反発しあい、その一粒一粒が調味料によってこれでもかと無遠慮に浸食される、一口食べたら陶酔してしまいそうな刺激が舌を攻撃するテロルでアナーキーなパラパラ炒飯こそ至高たりえるのだ、というのは俺の自論である。だが、理想のパラパラは普通のレシピ通りに作っていては得られない。日本で販売されている大抵の白米は高弾力性、癒着性を備えている。ゆえに、米粒同士はくっつきやすい。パラパラを至高とする炒飯には向かないのだ。

 

そんなわけで、理想の炒飯をつくるためには、通常の白米に何かしらの工夫を凝らす必要がある。そこで為されるのが「水分離戦法」である。水につけられた白米は一時的に粒単位で分離する。米粒が離れ離れになっている間にフライパンの圧倒的火力で水分を弾き飛ばし、くっつかないようにする。こうすることにより、理想の炒飯に不可欠なパラパラご飯が得られるという道理である。関大生の肩書に恥じぬ、華麗な頭脳テクによる白米レイプ。我が国の白米のモチモチ触感は素晴らしい。だが、時にはその品の良い美しさ、弾力性が疎ましく思えてしまう時だってあるだろう。そう、例えば、GWにも関わらず何の予定もないため、やけを起こしてニヒリズムの任せるまま炒飯を作る愚かな文系大学生にとっては。

 

俺は覚えている。ザルを両手で持ち、フライパンにぶち込む直前のその刹那、理想の炒飯への道がはっきりと見えた。俺は、笑った。さあ、行け、白米たちよ。卵と絡まれ。己の中に潜む不要な水など捨ててしまえ。そして誰とも交じり合うことのない、孤高なる理想となれ。俺とお前で起こしてやろうぜ。フライパンの中の革命を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

10分後、絶望した。

フライパンの中の卵入りご飯はパラパラなどとは程遠い、いやむしろ真逆の、自己修復機能に特化した塊となっていた。

モチモチ。

 

餅。

 

餅だ、これは。

 

 

俺は思い出した。卵の急激な凝固を防ぐために加熱温度を低く設定していたことを。投入された米粒はフライパンの熱で中途半端に水分を失い、そのまま乾ききる前に適度な癒着性を獲得した。結果、周りの米粒たちと合体し始めた。結果、餅が生成されてしまった。結果、失敗した。

そもそも、茶碗四杯分の米粒に含まれる水分を瞬時にとばすなど、普通のフライパンや文系大学生のなせる業ではない。少し考えればわかることだ。阿呆はここにいた。何が料理人たる俺の工夫だ。何が関大生の肩書に恥じぬ頭脳だ。10分前にやけながらご飯を水につけていた自分を中華鍋でぶん殴ってやりたい。

理想の炒飯への道はまだ遠く、光はいまだ見えない。戦いは墓穴ディギングいうなんとも情けない結末で幕を閉じたのである。

 

その日の炒飯作りの工程をこれ以上述懐することは気の進む事ではない。

 

 

 

レシピ通り、炒飯もとい炒飯餅に刻みネギ、塩、コショウ、しょうゆを適量投入し、餅は食欲そそる香りを放ち始めた。相変わらず水っぽいが、まあ食えない代物ではないだろう。ふと思い、最初に固まり過ぎた卵も混ぜてみた。うん、悪くない。

 

あとは時間の許す限り水をとばし、盛り付けるだけだというタイミングで母が帰ってきた。母は僕の餅に対してなにも非難することなく、ただ「晩御飯作ってくれてありがとう」とだけ言ってくれた。そしてスプーン一杯だけ味見をすると、冷蔵庫から「万能中華のもと」なるなにやらチートじみた名前の粉を餅にふりかけると自室に引っ込んでしまった。俺は万能中華のもとが十分に餅全体になじんだのを確認して盛り付けに入った。大きめの茶碗の中に入るだけ、餅を詰め込み、広めの皿をかぶせてひっくり返す。まあ、こんな感じだ。

 

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俺に気を遣ってくれたのか家族の評判はそこまで悪くもなかった。俺自身としても、別にまずいわけではないとは思う。しかし、これは断じて炒飯ではない。俺が作りたかったのはこんなモチモチのものじゃない。ついでに言うと、味もかなり薄い。

 

炒飯を食べ終わったあと、何を思ったのか母は追加で肉うどんをつくってくれた。どういう意図があったのかは分からないが、何故か悲しくなった。母を楽にするために始めたことではなかったのか。悔し涙と一緒にかみしめた餅は、しょっぱかった。みたいなことはなく、比較的真顔で餅と母特製の肉うどんを平らげた。

 

 

 

片づけを終え、自室に引っ込んだ後、様々な思惑が襲ってきた。上手くいかなかったことによる悔しさ、それに反してそれでも一品作り上げて家族にふるまえた達成感、何の予定もない明日以降に対する漠然とした不安、そして虚無感、その他もろもろ。それらは一つの決意に収束した。明日も、作ろう。理想の炒飯がどれほどの困難なのか知ったことではないが、それが俺のやるべきことな気がした。つまるところ、ひとつ決意した。ドラマチックに表現するならこんな感じか。そういえばついこの前までよく似たセリフを言わせていた気がする。

 

「俺は作ってみせる。最高の炒飯を!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうせ他にやることねえし。

 

 

 

 

炒飯 0日目

心にあいた穴に、ひたすら炒飯を詰め込みました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先日、祖母が入院した。腰をぎっくりとやってしまい、2週間ほど病院で過ごすことになった。細川家は突如、祖母の力を借りずに生活を行う事を強いられたのである。一番の問題は「料理」だ。

 

母が夕方まで働いている我が家では、夕食を作ってくれるのは祖母だった。祖母がいないとなると母が仕事から帰ってきてから夕食を作るしかなく、実際そのようになった。だが、毎日仕事で疲れた母に料理を作らせるのは忍びない。新人公演も終わり、暇を持て余している大学生であるこの俺が「今日の料理は俺が作ろう」と提案をしてみた。まあ、なんというか、それがすべての始まりだった。

 

 

 母は俺の提案をこころよく引き受けてくれた。とはいえ、俺に作れる料理のレパートリーは一つしかない。炒飯。

 

昔から料理には興味があった。困ったときにさっと余り物で一品作ってくれる料理できる系男子を目指していたのだ。身の程もわきまえていない、哀れなことである。大学生になれば料理を嗜む時間ぐらいはとれるだろうと踏んでいたが、学園座を大学生活の拠り所とすることを決意したことにより、想像以上に忙しい日々となってしまい、手を出す暇などなかった、というのは言い訳であろう。正直に言って、めんどくさかったのだ。去年の八月頃、ようやく暇を見つけたので一品作ってみたが、達成感よりも料理の過酷さを知ったことによる倦怠感の方が強かった。そもそも、状況が悪い。素人ながら丹精込めて料理を作ってみても、食べてくれる相手がいない。

 

「喜びを他の誰かとわかりあう!それだけがこの世を熱くする!」

 

とは俺の敬愛する小沢健二氏の至言であるが、まさにその通り。達成を分かちえる仲間がいない中での孤独な戦いなど長続きするはずがない。結局自分が試したレパートリーはその時に作った炒飯一種類だけだった。こういう切羽詰まった状況に置かれた時、俺が弄することの出来る選択肢が炒飯しかない事態は間違いなく俺自身の怠惰が招いたことであり、芸を磨いておくべきだったと今になって後悔したところで遅い。

 

とにかく炒飯だけならば作れるのだ。なんともおめでたいことに今年のGW期間中、俺にはほとんど何の予定もない。人生のモラトリアム、花の大学生二年目、未だにこの現実を受け入れられていないが事実なのだから仕方がない。時間はある。世のGWを謳歌している勝利者たちに分けてやりたいぐらいには。

ならばせめて見せてやるとしよう。演劇系男子の本気の「炒飯」を。